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好きなことなんてなくても生きていける、けれども

こんにちは、精神科医の諸藤えみりです。

今日は
「好きなことなんてなくても生きていける、けれども」
というお話をします。



外来に通院されている20代の会社員の方がいます。
(特定されないよう配慮しています。)
現在休職中です。

「今まで自分は心を押し殺して、死んだように生きてきました。
何を食べたいのかも分からず、やりたいこともありません。」
と言われます。
休職し、心が少しずつ動き始めたら、今度は違う悩みが出てきたそうなのです。

「回復するにつれ、将来のことを考えるようになりました。
このまま今の職場で働き続けていいのか迷います。
ちまたでは『好きなことを仕事にしよう』という言葉で溢れています。
自分は好きなことが分かりません。
分からないから色んなことをやってみました。
ちょっと興味のあるプログラミングや音楽制作、写真など。
ぜんぶ中途半端で辞めてしまいました。
続けられない自分にも嫌気がさします。」



わたしは質問しました。
「なんで辞めたんですか?」

「やってるときは楽しいです。でも、自分のレベルは初心者なんです。
やればやるほど自分のいたらなさを痛感するというか、、、
完璧主義なので完成されたものを作りたいんです。
自分の未熟さに耐えられず、やめてしまいました。
ますます『好き』が分からなくなって、無力感に襲われます。」




わたしはこの方の訴えを聞き、こう答えました。
「まずね、好きなことって贅沢品なんですよ。
別に好きなことなんてなくても人は生きていけます。
人間、生まれて、生きて、死ぬ。
これだけで十分です。
「好き」を探して苦しいのなら、いったん落ち着きましょう。

でね、「好きなこと」ってそう簡単に見つかりませんよ。
やりがいのある仕事もそう。
仕事の面白さややりがいというものは、何年もやり続けて、ようやく見つかるかどうかというもの。
一定の『量』をこなさないと分からない。

だから、好きなことややりがいのある仕事を見つけたいのならば、どんなに自分のいたらなさや未熟さを感じても、まずはやり続けないといけない。
そうでなければその先にはいけない。

やるからには上手くなりたい。
でも、上手くなれない。
求めるレベルが遠すぎて苦しいときもあるでしょう。

そんなときは、今の自分ができることを大切にしてください。
自分のできる、本当に小さな小さなものを喜ぶ。楽しむ。
その繰り返しで前に進んでいるのではないですかね。」





ここまで言うと、患者さんからこう言われました。
「先生の言われる通り、一生懸命なにかに取り組むとします。
でも、『やっぱりこれは違った』となるときはありせんか?
自分は『絶対にこれが正解だ』というものしかやりたくありません。
失敗したくないし、時間を無駄にしたくないんです。」

わたし
「もちろん、自分の時間やエネルギーを全振りして取り組んだのに、『違った!』ってなるときもあります。
努力しても芽が出ないときもある。
北野武さんだったかな?
『努力ってのは、宝くじみたいなもんだよ。
買っても当たるかどうかわからないけど、買わなきゃ当たらない』
って言ってました。
合っているのか間違っているのか、やってみないと分かりません。

たとえ『間違えた!』となっても、いい経験だと思いますよ。
決して無駄にはなりません。
経験しないと好きか嫌いかも分かりませんからね。
食べてみないと、おいしいかおいしくないかが分からないのと一緒です。

わたしは精神科医です。
今の診療スタイルになるまで、高齢者の認知症の診断をしたり、統合失調症の方の電気けいれん療法に携わったりしました。
『精神科医療において自分がやりたいことは何か』を模索し続けて、今にいたります。

大体ね、勝率100%のものってこの世にあるんですかね🤣?
そんな雲を掴むようなものを探すより、とっとと何かをやり始めた方がいいと思いますよ。
わたしもすぐに結果を欲しくなりますし、自分のいたらなさにガビーン(表現が昭和😇)ってなりますよ。
ガビーンってなるけど、そこで止まらないの。
一通り落ち込んだらまたやるんです。
◯◯さんも一緒にやりましょうよ。」

こう言うと、この方はしばらく黙り込んで
「僕、もうしばらく写真を続けてみます。
写真なら続けられそうです。」
と言われました。

この方は次の外来時、毎日撮った写真を見せてくれました。
(まぁ、毎日撮れって言ったのはわたしなんですけど、、、スパルタ😇)
自宅から見える風景、ガラスの器、道端の花。
写真には彼の構図のこだわりや繊細さが出ていて、目を見張るものがあった。




毎日写真を撮る。
お金にはならない。それで食っていけるわけでもない。
でも続ける。
なぜなら、心の豊かさに繋がるから。

写真を撮るという意識でいるだけで、無意識に美しいものや自分の興味があるものを探すようになる。
日常には嬉しいこと、悲しいこと、美しいもの、目を逸らしたいものが混沌としている。
その中で何にフォーカスするのか。
フォーカスし続けたその先に、あなたの「好き」がある。



#諸藤えみり